最期の日までの記録

自殺を決めています。衝動的なものではありません。現在は、表面上は笑顔で仕事を淡々とこなしながら、 水面下では計画を熟考する日々です。ここでは考えをまとめたり、振り返ったりするつもりです。あとは遺書の下書きになるのかもしれません。

葬式と限界

身内が亡くなった

90代

最期は、家族と過ごす時間も取れて、きっと幸せだっただろう

 

お葬式に参加した

家族葬

孫の私にとっては、優しくて笑顔がとても素敵な、近くて遠い存在の祖母だった

御焼香や合掌の度に

「お疲れ様。むこうで夫婦でゆっくりしてね。ねぇ、私もそちらへ行くことを許してください。」

と語りかけた

 

自分の家族はじめ、親族に数年ぶりに会った

誰も、私がこんな状況だとは知らない

だから、

医療ドラマの登場人物のような働きぶりを想像されてしまったり…

娘(私)のさりげない自慢?が始まってしまったり…

今後はどうするのかと期待のこもった眼差しを向けられたり…

結婚はしないのかと聞かれたり…

 

全部想定内だった

だから、危篤の知らせを聞いた時から、祖母へただ思いを馳せたいのに、私の精神状態はますます悪くなっていった

眠れない、食べれない、乖離状態で記憶があまり定かでない日々

 

自分のことしか考えられない孫でごめんなさい

自慢の娘でなくてごめんなさい

キラキラ、イキイキ頑張れていなくてごめんなさい

 

さらに、本当の姿を隠すためにニコニコ穏やかに振る舞っている自分に、罪悪感と自己嫌悪が重なる

 

でも、ひとつだけ安心したことがあった

数年帰省しなかった私のことを、母が親族にこう説明した

「私に娘はいないものだと思っている。孫も期待していない。」

 

そう、いないと思って、これからもずっと、何があっても

 

うーん

困った、限界が近い、それかもう若干超えている

3月までは涼しい顔(のふり)して働くつもりなのに

このまはまでは持たない

持ちこたえろ、私

ここで弱音を吐いたら、計画が全部ダメになる

 

ちなみに、

家財道具一式処分してくれる業者をみつけたので、やり取りを始めた

年度末はどこも大忙しだから、早目に準備をはじめないと

 

おばあちゃん、そっちへ行くの許してください

 

 

 

 

 

遺書下書き①

この季節変化のせいもあるだろうか
(私の容量的には)ハードな日々が続いているからだろうか
だいぶ状態が悪い

悪夢にうなされる
激しい胃痛と吐気におそわれる
気が抜けると泥沼のような重たい鎧に心身ともに閉じ込められる

思い切り自分を痛めつけて刺激したくなる
全身の血を抜き取ってしまいたくなる

でもそれに手を出したら、容易に歯止めがきかなくなることがわかっているし、医療従事者としてあってはならないことだから、何とかギリギリ耐えている

ニコニコ
頑張って元気にしている
「やる気があるなら」と上司に言われたら、苦しくても、やる気がないと思われるのが辛いから、やる気だして頑張っている

磨り減る

もう、3月でなくて年末でもいいのでは、としばしば思う
でも、なるべく迷惑をかける人は減らしたい
だから耐えなくては


《以下、遺書下書き①》

家族の皆様
こんな最低の結果で、また迷惑をかけてごめんなさい
私は全てから逃げました
10年前から結局何も成長できませんでした
私は最後まで甘ちゃんの卑怯ものでした

そうは思ってもらえないでしょうが、私なりに頑張った時期もありました、闘ってみた時期もありました
でもやはり、どうにも駄目でした
生きていることが苦しくても苦しくて、もう限界でした

たぶん誰にも理解できないと思います
私にも、正直もうわかりません、自分が
頑張ってみたけれど、操作し続けることがとにかくとても苦しかった

助けを求めることを我慢したわけではありません
敢えて、誰にも助けを求めませんでした

もう終わりにしたかったからです

だから、どうか私を恨んでください、憎んでください
誰のせいでもありません
誰にも止められませんでした

隠してもいつかわかる話なので書きますが、
私には精神科に主治医と担当心理士がいました
職場の上司もある程度状況を把握していました
皆様から本当にたくさんの支援をしていただきました

しかしこの1年間、私は嘘をつき続けました
元気な素振りをわざとしていました
助けてほしくなかったからです

誰も悪くありません
私が選択しました

最後までナルシストの自分勝手でごめんなさい

葬式も墓もいりません
手間をかけますが、どうか焼却と骨処分だけ、申し訳ないです…

この世に産み出してくれてありがとう
沢山のことを犠牲にして育ててくれてありがとう

にも関わらず、結局逃げてごめんなさい

どうか、この卑怯者はどこかはるか遠くで働いているとでも考えて、今まで通りの生活をしてください

近況と変化

10月になった

あと半年ですべてを終わらせることできる

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バラバラの自分

自分がどんどんバラバラになっていく感じがする
気持ちが悪くて吐きそうだ


「とりあえず年度末までは、頑張って目の前の仕事をこなさなくては」と何とか奮起する自分①

一方でふと気が緩むと、
死ぬことばかり考えてしまう自分②

遺書にはどこまで書こうか、場所はどうしようか、手元にある物でお金に換えて家族に残せそうなものはどれだろうかなど

(最初は、家族への迷惑(遺体確認とか引き取りとか)を考えて、実家から遠く離れた現在地ではなく地元にしようかと考えていたのだが、地元はあまり長く住んでいないので土地勘がないし、警察の深夜早朝の動きもわからないし、うっかり失敗のリスクがあるような気がしてきたのだ。だったら、現在地の皆様には大変申し訳ないけれど、税金も大量に納めているし、ここの土地で最期を迎えようかと考えつつあります。もういっそのこと、遺体がみつからない方法に変えようかとも思うが、捜索の手間が…)

ちなみに手段については、具体的に詳しくなると、やはり王道が何より確実で、早く、そして下準備をしっかりしたらきっと汚くないだろうと考えている


しかし、こんな計画を隠すべく、職場ではニコニコ穏やかにしている自分③

当直や時間外をなるべく免除していただいている負い目もあって、同僚や後輩、直属の上司にやたら気を遣って言葉をかけたり、差し入れをしたりしている
( 当たり前のことだし、完全に自己満足だが、結構苦しかったりもする。でも、せずにはいられない。)

いい先輩を演じてみたりもしている
(中身のない自分だから、所詮演じているだけで、相手には何のプラスにもなっていないが。結局はこれも自己満足だ。)


自分があっちこっちを向いていて、自己がバラバラに解体していく感じで、もう訳がわからなくなりそうで、年度末までこれを維持できるのか…と思う

いや、予定通り終わらせるために、維持させなくてはいけないのだが
死ぬことより、むしろこの現状がとても厳しい



世に貢献できない出来損ないの社会人は、お荷物になるだけだ
だから、社会のためにも家族のためにも消えるのがベストなのだ

もう頑張ることに疲れてしまった
自殺が逃げだと言われても、頑張ることができないダメ人間は、結局は死んだ方が世のためなのだ

一時的に動揺させてしまうかもしれないが、長い目で見れば、きっと身内も後悔しないだろう
ニートの出来損ないが家族として存在するよりかは

近況

平日はとにかく我武者羅に働いていた(つもりだ)
でも朝がますます辛くなってきた
寝起きに喫煙して何とか叩き起こしている

所属が生死に直結してる部門だったため、スイッチさえ入れられれば、あとは集中できた
むしろ今度はスイッチオフができなくて、夜に再度苦しんだ

甘い物を欲し、過食することでスイッチを切ることができた

目の前の患者の命に対して責任があるから、無意識にスキルを高めようと頑張っている
しかし、それがふと馬鹿らしくなる
(どうせ来年には人生を終えるつもりなのだ)

一方で、突如として妄想的な思考に捕らわれ、脅迫的に業務をこなした
(普段と大差ないはずの上司の言動や視線が、急に批判的に感じることがあり、吐きそうなほどの恐怖感と不安に襲われる)

自分の思考が理解できず、壊れたのではないか、とさすがに心配になることがある
(基本的に、普段の自分は病的だとは考えていない
ただの頑張れないダメ人間、社会に存在するべきではない悪)

過食と下剤乱用で体は浮腫みダルい
就寝できても、胸痛や動悸で毎晩中途覚醒する

こんな状況のため、平日はギリギリだ
情けない

休日はシャワーも浴びず、ほとんどベットで過ごす
音や光が煩わしい、そんな感覚が増した

今日も、ボーッと最期の計画を練っていた
何度練り直しても、改善点はみつかる
道具は、ホームセンターよりネットの方が安いと確認済みだから、お気に入り登録



《自殺リスクの理解と対応―「死にたい」気持にどう向き合うか》

という書籍を休み休み読んでいる
医療者と患者、両方の立場から読んでいる
自分を知る意味でも興味深い

自分の主治医が、現在の状況をどこまで察しているかは不明だ
うまく隠せているはずだが…

(これ以上に介入されるのを避けるため、「体調は変わりない、仕事もなんとかやれている」と淡々と笑顔も交えながら返答している。ただ、これまで慢性的に希死念慮を抱えてきたことは知っている。)

おそらく、いつかまた、希死念慮の有無について問われるだろうと思う
その時に上手く交わせる方法が、この書籍から学ぶことができる (悪用だが)

そんな時が来る前に、通院を中断できたらそれが一番だが
今はまだタイミングが悪い
逆に疑われ兼ねない

存在が悪影響

現在、私は相当ラクな勤務体制に変更していだいている(週50~55時間)
それでもギリギリな自分自身には本当に呆れる
医療者としてのみならず、社会人として失格である
生産性のない人間は社会に存在すべきではない
頑張って生きている人々の足枷になるだけだ

もっと頑張ればいいだけなのだが、もうどうにも頑張れないのだ
今までの人生、何度倒れて立ち止まっても、再び立ち上がり走ってきたのだが、今回ばかりはまったく立ち上がれないのだ
そうしたら段々諦めがついてきて、現在の結論に至った

仕事中以外は、頭の中は死に占拠されている


こんな勤務体制の私を、批判的に思っている同僚や上司もたくさんいる

ただ、周りの仕事量が増えているということは、私の立場上ほぼないはずだ
(要は、私がいてもいなくても何も変わらない)

つまり、医療者としての「姿勢」を批判されているのだ
苦労してなんぼの世界、若いうちはラクすべきでないのだ
後輩にも示しがつかない

自分が悪いとはいえ、直接的に、
「結局ラクしたいだけでしょう。逃げているだけ。後輩に悪影響。」
と言われると、さすがに泣けてくる
実は今日も泣いた、そして今も相当なダメージを受けている

自分がどう思われようが、最近はどうでもよくなってきている、どうせ死ぬんだから
(自分が関わる患者さんに迷惑をかけないこと、ただそれだけだ)

しかし、自分の存在が後輩に悪影響、というのはやはりまずい
退職したほうがいいのではないか

実は去年の秋に、「自分は医療者としてふさわしくない」と、一度退職を願い出ている
しかし、直属上司の有り難い配慮により、現在に至る
なぜか、とにかく契約期間の来年3月までは辞めさせないつもりなのだ(本来感謝すべきことなのだが)


明日からどうしたらいいのか
最近、最悪なりにできることを頑張ってきていたが、こんな姿勢ではいけないわけで

存在が悪影響
ごめんね、後輩くん

現在の状況2

仕事(医療関係)は週休2日
当直や休日当番は免除していただいている(本当に感謝してもしきれないです)
要は、医療関係だけど相当ラクをさせてもらっている

なのに休日はほぼ寝たきり
明るいと苦しいから、カーテンを閉めて電気も消して布団にいる
前はそんな状態でも映画を観るとか受動的なことはしていたけれど、最近はそれも疲れるから減っている
最期の日までの具体的な計画を頭の中でぐるぐると練っている

この10年間で自殺未遂の経験が数回ある
どれも当時は本気だったのだろうけれど、今思えば計画が甘かった
死ぬ死ぬ詐欺」と言われて、迷惑がられても仕方ない
数日間昏睡状態で低体温に不整脈、肺炎を合併してても死なないんだから、中途半端ではこの肉体は逝かないのだ

首吊りは遺体が悲惨…と以前は思っていたけれど、もはやそんなことはどうでもいい
短時間でより確実なのが大事
中途半端が一番周りに迷惑なのだ

(自殺自体か迷惑、という意見もあるでしょうが、私は親から「死んでくれたらよかったのに」と言われた過去があるので、少なくとも家族はそんなに引きずらないでしょう。私が引きこもりニートになって、世間体が悪くなるよりよっぽどいいでしょう。)

現在、精神科で処方はされていない
私が頑なに拒んできた
この10年、色々試したけれど効果を感じなかったし(少なくとも希死念慮が消えたことはない)、手元にあると、追い込まれたときに大量服薬をして中途半端に周囲に迷惑をかけるからだ
だからどんなに辛くても元気を装う
間違っても、希死念慮再燃してます、なんて言わない
それに、薬代って意外と馬鹿にならない
ちなみに受診料だって結構高くて、早くペースが月1かもっと少なくならないかと思っている
(勝手に中断は難しい。職場と受診してる医療機関同士ががっちりと繋がっているから。波風は立てなくない。)

最近、せめて貯金ぐらい身内に残そう、と思っている
あって困るものではないから
だから節約できるものからはじめている

10年近く子宮内膜症で通院内服治療を続けてきたが、薬代が高いので止めた
そもそも、現在の自分がもう治療する意味がない
痛みや貧血なんて大した苦しみではなくなった
不妊なんてもっとも関係ない