最期の日までの記録

自殺を決めています。衝動的なものではありません。現在は、表面上は笑顔で仕事を淡々とこなしながら、 水面下では計画を熟考する日々です。ここでは考えをまとめたり、振り返ったりするつもりです。あとは遺書の下書きになるのかもしれません。

バラバラの自分

自分がどんどんバラバラになっていく感じがする
気持ちが悪くて吐きそうだ


「とりあえず年度末までは、頑張って目の前の仕事をこなさなくては」と何とか奮起する自分①

一方でふと気が緩むと、
死ぬことばかり考えてしまう自分②

遺書にはどこまで書こうか、場所はどうしようか、手元にある物でお金に換えて家族に残せそうなものはどれだろうかなど

(最初は、家族への迷惑(遺体確認とか引き取りとか)を考えて、実家から遠く離れた現在地ではなく地元にしようかと考えていたのだが、地元はあまり長く住んでいないので土地勘がないし、警察の深夜早朝の動きもわからないし、うっかり失敗のリスクがあるような気がしてきたのだ。だったら、現在地の皆様には大変申し訳ないけれど、税金も大量に納めているし、ここの土地で最期を迎えようかと考えつつあります。もういっそのこと、遺体がみつからない方法に変えようかとも思うが、捜索の手間が…)

ちなみに手段については、具体的に詳しくなると、やはり王道が何より確実で、早く、そして下準備をしっかりしたらきっと汚くないだろうと考えている


しかし、こんな計画を隠すべく、職場ではニコニコ穏やかにしている自分③

当直や時間外をなるべく免除していただいている負い目もあって、同僚や後輩、直属の上司にやたら気を遣って言葉をかけたり、差し入れをしたりしている
( 当たり前のことだし、完全に自己満足だが、結構苦しかったりもする。でも、せずにはいられない。)

いい先輩を演じてみたりもしている
(中身のない自分だから、所詮演じているだけで、相手には何のプラスにもなっていないが。結局はこれも自己満足だ。)


自分があっちこっちを向いていて、自己がバラバラに解体していく感じで、もう訳がわからなくなりそうで、年度末までこれを維持できるのか…と思う

いや、予定通り終わらせるために、維持させなくてはいけないのだが
死ぬことより、むしろこの現状がとても厳しい



世に貢献できない出来損ないの社会人は、お荷物になるだけだ
だから、社会のためにも家族のためにも消えるのがベストなのだ

もう頑張ることに疲れてしまった
自殺が逃げだと言われても、頑張ることができないダメ人間は、結局は死んだ方が世のためなのだ

一時的に動揺させてしまうかもしれないが、長い目で見れば、きっと身内も後悔しないだろう
ニートの出来損ないが家族として存在するよりかは